縦人間

たまにふと、一年前の自分の日記を見直すことがある。

読んでいると赤面級に恥ずかしいことも書いていたりして、あまり見れたものではないが(笑

まだやってるやつおんの?

今日は追い込む日です き、きつい・・・ 「骨で踏む」ペダリング効果で脚はもつのですが心臓が続きません VO2max(最大酸素摂取量)は成人後はほとんど伸びないらしいので致し方ないか 若いときにもっと運動をしておけばよかった、と多少の後悔はあるが今持っているもので頑張るしかあ...

昨年の同時期はスマホで○ケモンがブームだったようだ。

自分は全く興味が湧かず手さえつけなかった。

一年前に予言したが、一年たった今も続けている人はいるだろうか。

自分は宣言どうり自転車を一時も休まず続けている。

ちょっとランニングも始めたけど。

同ゲームが原因で死亡事故まで起きた記憶もある。

下らない事に無駄な時間を使わず本当に良かったと、改めて思う。

縦人間

ここで、自分の行動理念の一つとなっている言葉を紹介しておこう。 

「横野郎」をやめて「縦人間」になれば、必ず這い上がれる

執行草舟

「横野郎」とは、なんとも洒落た言葉ではないか。

執行氏いわく、他人の目を気にして人に好かれよう好かれようとしている、横ばかり気にして生きている水平人間のことを「横野郎」という。

「横野郎」は自己を失う。

それが今の日本社会、現代社会のありようで、すべてが「横社会」になってしまっていると執行氏は嘆く。

「他のだれかもやっているから」「みんながそうだから」といって、自己の責任を放棄する。

その根底にあるのは「安心・安全」という意識。

安心や安定ほど人間の生命を脅かすものはない。

横の力に負けないためには、縦の力を鍛えることが重要である。

「縦の力」とはなにか。

自分の祖先や祖国、なぜこの時代に、この国、この親の元に生まれたのかを考え、これだけは譲れないと思うものや人生をかけて情熱をそそげる何かをもつこと。つまり、自分の生命を立てる一本の軸こそ、縦の力なのだ。

執行氏から、すべての「横野郎」に告ぐ。

「横が好きだというのなら、一生横野郎でいればいい。ただし、生意気に悩んでいるようなことを言うんじゃない。自分の精神の垂直を立て、自分の道を歩むなら、どんな人生もすばらしい。つまらない横野郎なんかになるんじゃない」

過去と比べても、自転車に対する情熱は些かも衰えていない。

情熱というより今は人生の中での大きな一本軸となっている。

身体が動き続ける限り、「生涯サイリスト」を貫こうと、一年前の記事を読み返して再確認した。

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